『恋する文学~ほくりく文学散歩~』が刊行されました

本学文学部日本文学科編集による5冊目の本、『恋する文学~ほくりく散歩~』が北國新聞社より刊行されました。金沢・能登・加賀・富山・福井を舞台に描かれた恋愛文学の世界を、美しい写真とともにお楽しみ下さい。

金沢学院大学文学部日本文学科 編 A5判、オールカラー208ページ 定価1,680円(税込) >>内容詳細はこちら。

山下久夫先生 最終講義のお知らせ

来る2月4日(火)に実施される卒論発表会に引き続き、山下久夫先生の最終講義が行われます。 皆様のご来場をお待ちしております。 === 【日時】平成26年2月4日(火) ※卒論発表会(15:30~)終了後 【場所】423教室 【演題と概要】 「本居宣長・自国中心主義的言説の再検討――東アジア経由の「西洋」流入の中で――」 本居宣長(1730~1801)は、18世紀後半の天明年間に上田秋成との間に大論争を繰り広げた。「日の神」論争と呼ばれる。宣長は、「天照大御神は今仰ぎ見る太陽であり、万国を照らす。よってわが国(日本)が世界の中心である」と宣言した。対するに秋成は、「天照大御神はわが国においては尊い神だが、世界万国まで広げるのは他国への押し付けだ。インド、中国、朝鮮、いずれも独自の神を尊信しているのだから」と反論した。皇国絶対主義(宣長)と世界相対主義(秋成)との対立と言われる。 少なくとも戦後は、秋成の相対主義を妥当とし、偏狭なナショナリズムに陥りかねない宣長の自国中心主義を批判する傾向が一般的だったように思える。私も、若い時はそう考えていた。だが、宣長の言説は、本当に偏狭なのだろうか。18世紀当時の東アジアや西洋の波が押し寄せる状況を念頭に置いて、宣長の自国中心主義的言説の意味を再検討してみよう。おそらく、どちらかに軍配をあげて済む問題ではないはずだ。 ===

平成25年度第4回オープンキャンパスのご案内

※終了しました。たくさんの方々のご来場、ありがとうございました。